高野山高等学校と宝城院の建造物5棟が国の登録有形文化財に登録されました
高野山高等学校の講堂や塔頭寺院である宝城院の本堂など5棟の建造物が、令和8年7月9日に国の登録有形文化財に登録されました。
高野山高等学校 2件 講堂、校門
〔所在地:高野町大字高野山字谷上183-1ほか ,所有者:学校法人 高野山学園〕
宝城院 3件 本堂及び護摩堂、客殿及び庫裏、山門
〔所在地:高野町大字高野山156番地 ,所有者:宗教法人 宝城院〕
高野山高等学校は、高野山北西端に位置する。明治19年(1886)、現在の金剛峯寺本坊西側にあたる興山寺跡に古義真言宗尋常中学林として創立し、大正14年(1925)に現在地へ移転した。敷地南端に校門を構え、校門の先に広がるグラウンド北側に校舎群が建ち並ぶ。
講堂は、校舎群の中央に位置し、木造平屋建、鉄板葺きで、昭和11年(1936)の建設。金剛峯寺金堂及び根本大塔の再建に携わった大浦徳太郎が設計を行った。講堂内部は、計126畳の畳敷きで、内部には柱がなく、ガラスを多用した明るく開放的な大空間である。
この講堂は、現役で使用されており、毎朝全校生徒が集い、厳かに朝礼が執り行われている。
校門は、昭和12年(1937)に創立50周年記念事業の一環として建設された。東西一対の石貼りの門柱で、頂部に鉄板製の門灯を載せる。伝統ある学校の正門にふさわしい堂々とした校門である。
宝城院は、壇上伽藍の北西に位置する。正面中央に山門、山門を入った正面に客殿及び庫裏、東に本堂及び護摩堂が建つ。
本堂及び護摩堂は、江戸時代後期の建築であり、木造平屋建、瓦型銅板葺きで西向きに建つ。本堂部の北側に護摩堂部を並べた複合仏堂 で、高野山塔頭寺院の本堂建築の典型といえる。
客殿及び庫裏は、江戸時代後期の建築で、東側の客殿部、西側の庫裏部により構成され、中央に大玄関を構える。客殿部は大広間や上段の間を備えた上質な書院座敷で、上段の間は格式高い部屋に造る。
山門は、江戸時代中期に建設された一間一戸の四脚門 、銅板葺き屋根。寺伝によると赤穂城から移築されたものとされる。高野山塔頭寺院の門としては古く貴重な門である。

























